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広島地方裁判所 昭和63年(ワ)1436号 判決 1991年3月14日

反訴原告

徳田敬子

反訴被告

清水克己

主文

一  被告は、原告に対し、金五五三万三二〇一円及びこれに対する平成三年二月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その三を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、一四五五万五五二〇円及びこれに対する平成三年二月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、加害車両と交通事故を起こした被害車両の同乗者が自賠法三条に基づき損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実

1  交通事故(以下「本件事故」という)の発生

(一) 日時 昭和六三年四月二日午後六時五〇分頃

(二) 場所 広島市安佐北区大林一丁目一四―四八先路上

(三) 加害車両 被告運転の普通乗用自動車(広島五八む三一八一)

(四) 被害車両 分離前反訴原告本人野本淳夫(以下「野本」という)運転の普通乗用自動車(広島四〇す三九五一)

被害者 原告(被害車両の同乗者)

(五) 態様 前記日時場所において、被告運転の加害車両が、信号待ちで停車中の長谷真紀子運転の普通乗用自動車(山口五〇く八六〇八。以下「長谷車両」という)に追突し、長谷車両が更に被害車両に追突した。

2  責任原因

被告は、加害車両を所有し、自己のため運行の用に供していた(自賠法三条)。

二  争点

1  原告の受傷の有無及び本件事故との因果関係

原告は、本件事故により頸椎捻挫、腰椎捻挫、腰椎々間板損傷等の傷害を負つたと主張しているところ、被告は、原告には如何なる傷害も生じていないし、仮に原告に椎間板ヘルニアの症状が見られたとしても、本件事故との間に因果関係はないと主張している。

2  損害額

第三争点に対する判断

一  本件事故の状況等

争いのない前記第二の一1の事実に加えて、証拠(甲三ないし六、一一、一四ないし一六、野本、原告、被告)を総合すれば、次の事実を認めることができる。

1  本件事故現場において、野本が被害車両のサイドブレーキをかけ赤信号待ちのため一時停止線の手前で停止していたところ、加害車両を運転して時速約四〇キロメートルで進行中の被告は、前照灯を点灯しようとして、本件事故日の前日に購入したばかりの新車である加害車両のスイツチを捜しながら運転を続けたため、運転席から前方約一五・一メートルの距離に接近して初めて、被害車両の後方に停止していた長谷車両を発見し、急ブレーキをかけたが間に合わず、加害車両が長谷車両に追突し、その衝撃で約三・三一メートル(六・五―三・一九)前方に押し出された長谷車両が被害車両に追突をした。なお、本件事故現場の路面には加害車両の四条のスリツプ痕が残されており、長谷車両が被害車両に追突したことにより、被害車両は、少し前方に押し出された。

2  原告は、追突時、身体を左に向け、足下に置いていた食べ物を取ろうとしていたところであり、追突の衝撃により、身体が波打つように感じられ、最後に身体が左前方にがくつときたという状況であつた。

3  車両の破損状況は、加害車両がフロント・バンパー、ラジエーター・グリル、ボンネツトの各凹損等(中破)、長谷車両がリア・バンパー、フロント・バンパーの各凹損等(中破)、被害車両がリア・バンパー凹損等(軽微)であつた。

二  原告の診断結果及び治療経過等

証拠(乙八、九の1ないし5、一一、一六、一七の1ないし5、一八、一九の1ないし4、二〇ないし二四、二六ないし三三、五二、五三、五四の1ないし5、五五、五六の1ないし4、五七ないし六一、六八ないし七二、証人浜脇純一、原告)を総合すると、次の事実を認めることができる。

1  原告は、本件事故当日救急車で広島共立病院に運ばれて受診し、頸椎捻挫と診断されて治療を受けた(実日数は事故当日の一日間のみ)。

原告は、住居地に近いまつだ整形外科に転医し、同病院において外傷性頸椎症、腰部捻挫と診断され、昭和六三年四月四日から同月二四日まで通院して治療を受け(実日数一五日間)、同月二五日から同年五月二九日まで(三五日間)入院し、更に同月三〇日から同年六月三日まで通院した(実日数四日間)。

その後、原告は、うじかわ整形外科に転医し、同病院において外傷性頸部症候群、腰部捻挫と診断され、同年六月四日から同月二一日まで通院して治療を受けた(実日数一〇日間)。

更に、原告は、同月二三日、腰から右下肢にかけての痛みがひどくなり、救急車で浜脇病院に運ばれ、同病院において頸椎捻挫、腰椎捻挫、腰椎々間板損傷と診断され、同日から平成二年一二月末日まで通院して治療を受けた(ただし、昭和六三年八月四日から同月六日まで三日間検査のため入院。通院実日数三九六日間)。

2  原告は、広島共立病院において、頭重感、吐き気等を訴え、頸部に圧痛がみられたが、頸椎及び腰椎のレントゲン検査の結果では、異常所見は認められなかつた。

同病院の治療としては、頸部を湿布して弾力包帯固定し、二日分の薬剤が処方された。

3  原告は、まつだ整形外科院では、入通院を通じ、主として頸部痛、腰痛を訴え、吐き気や右下肢のしびれ感・脱力感等を訴えることもあつた(なお、同病院の担当医は、頸椎及び腰椎のレントゲン検査の結果として、第五・第六頸椎間に異常所見があると指摘している)。

同病院の治療としては、投薬・注射・湿布がなされ、介達牽引や運動療法が行われた。

4  原告は、うじかわ整形外科において、頸部痛、腰痛、右臀部から右下肢にかけての痛み、頭重感、吐き気、気分不良等を訴えたが、頸椎及び腰椎のレントゲン検査結果では、格別の異常所見は認められなかつた。

同病院での治療としては、投薬・注射がなされ、介達牽引とレーザー光線による温熱療法が行われた。

5  原告は、浜脇病院では、主として腰痛、右臀部から右下肢にかけての痛み・しびれ感等を訴えた。浜脇病院でも、頸椎及び腰椎のレントゲン検査の結果としては、異常所見は認められなかつたが、原告の腰痛等の症状が持続するため、昭和六三年八月五日に造影剤を注入しての腰部レントゲン検査が行われ、その画像(ミエログラフイー)診断として、担当医は、原告の第四と第五腰椎の椎間板に変性像(膨隆)を認めた結果、右症状を腰椎々間板損傷による神経根圧迫症状であると判断した。なお、同日梶川外科医院に依頼して行つたCT(コンピユーター断層撮影)の検査結果、平成元年六月一六日NTT広島中央健康管理所に依頼して行つたMRI(核磁気共鳴映像法)の検査結果においても、ミエログラフイーと同じく、原告の第四と第五腰椎の椎間板に変性像(膨隆)が認められた。

浜脇病院における治療としては、投薬・注射・湿布がなされ、加えて、昭和六三年六月二五日から同年一〇月三一日までは理学療法と介達牽引が、同年一一月一日から平成元年二月二八日までは理学療法と運動療法が、同年三月一日からは理学療法がそれぞれ行われた(なお、昭和六三年九月には、腰椎用装具のコルセツトが完成し、その着用による装具療法も行われた)。もつとも、平成二年三月一日から同年一〇月三一日までの通院実日数は五三日間(そのうち理学療法が行われた日数は四九日間)であり、同年一一月一日から同年一二月三一日までの間の通院実日数はわずか二日間であつて、投薬処方のみであつた。

6  なお、原告は、本件事故前には、前記各症状を訴えたりするようなことは一切なかつた。

三  原告の傷害(症状)と本件事故との因果関係

1  以上二に認定の事実に、前記一に認定の本件事故の状況等を併せ考慮すると、原告は本件事故により頸椎捻挫、腰椎捻挫、腰椎々間板損傷の傷害を受けたもの、すなわち右傷害による症状と本件事故との間には相当因果関係があるものと認めるのが相当であり、右傷害は、平成二年一二月三一日をもつて治癒したものというべきである。

2  もつとも、証人浜脇純一は、原告にみられる第四と第五腰椎の椎間板の変性像(膨隆)について、受傷帰転が外傷の場合には椎間板損傷の、退行変性(老化現象)の場合には椎間板ヘルニア診断名をつけるが、原告の右変性が直接本件事故によつて生じたものか、あるいはもともと無症状の退行変性があつて、本件事故によつて症状が発生するに至つたものかについては、ミエログラフイー、CT、MRIの画像診断からは判定できないと供述しているところ、本件事故前から原告の当該受傷部位に変性があつたものと認定できない以上、右変性は、本件事故によつて生じたものと推認するのが相当である。

なお、仮に後者の場合であつたとしても、原告の症状と本件事故との間に相当因果関係があるという点では何ら変わりはない。

ただし、後者の場合には、退行変性という一種の体質的素因を斟酌して、損害の公平な分担という見地から、相当因果関係のある損害の範囲を通常の治療期間内に原告の症状に起因して生じた損害に制限し、あるいは過失相殺の法理を類推適用し、右素因による寄与の程度を斟酌して損害額を減額する余地がないではない。

そこで一応検討してみるに、そもそも不法行為の被害者となる者の心身の状況は千差万別であり、加害者としても当然そのことを了知しているものというべきであるから、加害者としては原則として被害者の右状況をそのまま受け入れるべきであつて、右素因による減額等を考慮するのは、素因の占める要素が極めて高い場合、すなわち、いわゆる賠償神経症の場合や医師の指示を無視するなど症状回復への自発的意欲を持とうとしない場合のように被害者の精神的・心理的状況が損害の発生・拡大に強く作用している場合や不法行為がなくてもいずれ被害者の体質的素因を主因として損害が発生した蓋然性が高い場合等損害のすべてを加害者に負担させるのが公平の観念に照らし著しく不当と認められるような場合に限られるものと解するのが相当である。したがつて、仮に、原告に退行変性があつたとしても、前記認定の事実のみをもつてしては、未だ右減額等を考慮すべき場合に該当するものと認めるに十分ではないし、他に右事情を認めるに足りる証拠もないから、相当因果関係のある損害の範囲を通常の治療期間内に原告の症状に起因して生じた損害に制限し、あるいは右体質的素因による寄与の程度を斟酌して損害額を減額するのは相当でないものというべきである。

四  損害

1  治療費 一七二万一二九七円(請求額は一六二万二五五八円)

(ただし、自己負担分。一部文書料を含む)

(一) 広島共立病院 二万二〇四〇円(乙八)

(二) まつだ整形外科 八七万二〇二〇円(乙九の1ないし5)

(三) うじかわ整形外科 四万八三二〇円(乙一一)

(四) 梶川病院(CT検査料) 一六一〇円(乙一二、五二、原告)

(五) 浜脇病院 二四万八八四七円(乙二〇ないし二四、二六ないし三三、五七ないし六一、七〇ないし七二)

(六) ふよう薬局(調剤) 五二万五八五〇円(乙三四ないし四八、六二ないし六六、七三ないし八三。ただし、乙七五ないし八三については、合計点数一万〇九七一点に一〇円を乗じて算出)

(七) NTT広島中央健康管理所(MRI検査料) 二六一〇円(乙五〇、五二、原告)

2  文書料 二万七五〇〇円(請求額も同額)

(ただし、前記1において一部請求したものを除く)

(一) まつだ整形外科 一万円(乙一〇の1ないし6)

(二) 浜脇病院 二〇〇〇円(乙四九)

(三) ふよう薬局 一万五五〇〇円(乙五一、六七、八四、八五)

3  コルセツト代金 一万八六〇〇円(請求額も同額。乙一三の1、3)

4  入院雑費 三万八〇〇〇円(請求額も同額)

一日当たり一〇〇〇円の割合による合計三万八〇〇〇円(入院期間三八日間)の入院雑費を要したものと認めるのが相当である。

5  通院交通費 二四万三〇一〇円(請求額は二四万三五三〇円)

(一) タクシー代 六万八七七〇円

原告は、昭和六三年八月一二日までの間にまつだ整形外科、うじかわ整形外科、浜脇病院に通院したが、証拠(乙一四の1ないし81、原告)によれば、その間合計六万八七七〇円のタクシー代を要したことが認められる。

(二) 電車代 一七万四二四〇円

証拠(乙一四、二二、二三、二六ないし三三、五六の1、五七ないし六一、七〇ないし七二、原告)によれば、原告は、昭和六三年八月一三日から平成二年一二月三一日までの間(通院実日数三六三日間)、浜脇病院に通院するため一日当たり往復の電車代四八〇円を下らない交通費を要したことが認められるから、少なくとも電車代分合計一七万四二四〇円の出費を要したことになる。

6  休業損害 二八一万二八五四円(請求額は一〇七三万三三九二円)

(一) 昭和六三年四月の給与分(欠勤控除額) 八万二三二〇円(乙一五の1、原告)

(二) 同年五月以降の給与分 二六二万〇五三四円

証拠(乙一五の2ないし4、原告)によれば、原告は、本件事故当時松田病院に看護婦として勤務し、一か月当たり一八万七一八一円(五六万一五四五÷三)の収入を得ていたこと、入通院治療のため昭和六三年五月一日以降欠勤し、平成元年四月二六日付で長期休職による休職期間満了により解雇されたこと、以後無職の状態であることが認められるところ、前記認定にかかる原告の症状及び治療経過等を考えると、原告は、本件事故により、昭和六三年五月一日から同年一〇月三一日までの六か月間については一〇〇パーセント、同年一一月一日から平成二年二月二八日までの一年四か月間については平均して五〇パーセントの休業を余儀なくされたものと認めるのが相当であるから、右休業による原告の給与分の損害は、次の計算のとおり、二六二万〇五三四円となる。

187,181×6=1,123,086

187,181×16×0.5=1,497,448

1,123,086+1,497,448=2,620,534

(三) 賞与分 一一万円(請求額は二二万円)

証拠(乙八七、原告)によれば、原告は、昭和六三年の年末賞与が支給されなかつたこと、原告の昭和六二年の年末賞与は一一万円であつたことが認められるから、本件事故により前記のとおり休業を余儀なくされたことによる賞与分の損害としては、右一一万円を認めるのが相当である(なお、六三年の夏期賞与分の損害額を認定するに足りる証拠はない)。

7  慰謝料 一〇〇万円(請求額は一七〇万円)

以上認定の諸般の事情を考慮すると一〇〇万円が相当である。

(以上合計五八六万一二六一円)

8  損害の填補

原告が被告から八二万八〇六〇円の支払を受けたことは、当事者間に争いがないから、右填補分を差し引くと、残損害額は、五〇三万三二〇一円となる。

9  弁護士費用 五〇万円(請求額は一〇〇万円)

本件事故と相当因果関係のある損害として請求しうる弁護士費用の額は、五〇万円とするのが相当である。

(裁判官 内藤紘二)

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